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東京地方裁判所 平成11年(行ウ)69号 判決

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

被告がした車両制限令一二条に基づく別紙二特殊車両認定受付簿記載の特殊な車両としての通行認定処分を取り消す。

二  被告

(本案前)

主文第一項と同旨

(本案)

原告らの請求を棄却する。

第二事案の概要

本件は、三井建設株式会社(以下「三井建設」という。)が、マンションの建設工事を請け負い、その建築工事のために、東京都世田谷区が管理する特別区道(別紙三図面記載のK①地点からK⑤地点に至る道路。以下「本件道路」という。)を通行するために、道路法四七条四項、車両制限令一二条に基づき、特殊車両の通行認定を申請し、被告が、右申請を受けて、同条に基づく特殊な車両としての通行認定処分をしたことに対し、本件道路周辺に居住する住民である原告らが、右通行認定処分には、道路法、車両制限令に反する違法があると主張して、同処分の取消しを求めるものである。

一  関係法令の定め

1  道路法(以下「法」という。)について

法四七条は、道路と車両との関係を調整するため、一項で「道路の構造を保全し、又は交通の危険を防止するため、道路との関係においても必要とされる車両(人が乗車し、又は貨物が積載されている場合にあってはその状態におけるものをいい、他の車両を牽引している場合にあっては当該牽引されている車両を含む。以下本節及び第八章中同じ。)の幅、重量、高さ、長さ及び最小回転半径の最高限度は、政令で定める。」と規定し、二項で「車両でその幅、重量、高さ、長さ又は最小回転半径が前項の政令で定める最高限度を超えるものは道路を通行させてはならない。」と規定し、三項で「道路管理者は、道路の構造を保全し、又は交通の危険を防止するため必要があると認めるときは、トンネル、橋、高架の道路その他これらに類する構造の道路について、車両でその重量又は高さが構造計算その他の計算又は試験によって安全であると認められる限度を超えるものの通行を禁止し、又は制限することができる。」と規定し、さらに、四項で「前三項に規定するもののほか、道路の構造を保全し、又は交通の危険を防止するため、道路との関係において必要とされる車両についての制限に関する基準は、政令で定める。」と規定している。

2  車両制限令について

(一) 法四七条一項の規定に基づき車両制限令が制定され、その一条は、「道路の構造を保全し、又は交通の危険を防止するため、道路との関係において必要とされる車両についての制限は、道路法(以下「法」という。)に定めるもののほか、この政令の定めるところによる。」と規定している。

(二) 法四七条一項の規定を受けて、車両制限令三条一項は、法四七条一項の車両の幅、重量、高さ、長さ及び最小回転半径の最高限度は、次のとおりとする旨定めている。

(1) 幅 二・五メートル

(2) 重量 次に掲げる値

イ 総重量 高速自動車国道又は道路管理者が道路の構造の保全及び交通の危険の防止上支障がないと認めて指定した道路を通行する車両にあっては二十五トン以下で車両の長さ及び軸距に応じて当該車両の通行により道路に生ずる応力を勘案して建設省令で定める値、その他の道路を通行する車両にあっては二十トン

口 軸重 十トン

ハ 隣り合う車軸に係る軸重の合計、隣り合う車軸に係る軸距が一・八メートル未満である場合にあっては十八トン(隣り合う車軸に係る軸距が一・三メートル以上であり、かつ、当該隣り合う車軸に係る軸重がいずれも九・五トン以下である場合にあっては、十九トン)、一・八メートル以上である場合にあっては二十トン

ニ 輪荷重 五トン

(3) 高さ 三・八メートル

(4) 長さ 一二メートル

(5) 最小回転半径 車両の最外側のわだちについて一二メートル

(三) 車両制限令は、四条で「法第四十七条第四項の車両についての制限に関する基準は、次条から第十二条までに定めるとおりとする。」と規定し、五条から一二条までに法四七条四項の車両についての制限に関する基準を定めている。

車両制限令五条一項は、市街地を形成している区域内の道路についての車両の幅の制限について、次のとおり定めている。

(1) 市街地を形成している区域(以下「市街地区域」という。)内の道路で、道路管理者が自動車の交通量が極めて少ないと認めて指定したもの又は一方通行とされているものを通行する車両の幅は、当該道路の車道の幅員(歩道又は自転車歩行車道のいずれをも有しない道路で、その路肩の幅員が明らかでないもの又はその路肩の幅員の合計が一メートル未満(トンネル、橋又は高架の道路にあっては、〇・五メートル未満)のものにあっては、当該道路の路面の幅から一メートル(トンネル、橋又は高架の道路にあっては、〇・五メートル)を減じたものとする。以下同じ。)から〇・五メートルを減じたものを超えないものでなければならない(一項)。

(2) 市街地区域内の道路で一項に規定するもの以外のものを通行する車両の幅は、当該道路の車道の幅員から〇・五メートルを減じたものの二分の一を超えないものでなければならない(二項)。

(3) 市街地区域内の駅前、繁華街等にある歩行者の多い道路で道路管理者が指定したものの歩道又は自転車歩行者道のいずれをも有しない区間を道路管理者が指定した時間内に通行する車両についての一項、二項の規定の適用については、一項中「〇・五メートルを減じたもの」とあるのは「一メートルを減じたもの」と、二項中「〇・五メートル」とあるのは「一・五メートル」とする(三項)。

(四) また、車両制限令一二条は、右の車両の幅等の制限の特例について、「幅、総重量、軸重又は輪荷重が第三条に規定する最高限度をこえず、かつ、第五条から第七条までに規定する基準に適合しない車両で、当該車両を通行させようとする者の申請により、道路管理者がその基準に適合しないことが車両の構造又は車両に積載する貨物が特殊であるためやむを得ないと認定したものは、当該認定に係る事項については、第五条から第七条までに規定する基準に適合するものとみなす。ただし、道路管理者が運転経路又は運転時間の指定等道路の構造の保全又は交通の安全を図るため必要な条件を附したときは、当該条件に従って通行する場合に限る。」と規定して、道路管理者の認定によって、車両の幅等の制限を緩和することができる旨定めている。

二  争いのない事実

1  本件道路は、世田谷区が管理する特別区道であるが、その幅員は現況約六メートルである。本件道路には、両側に一・三メートル程度の幅員の路側帯(路肩相当部分)が設けられており、車道部分は約三・三メートルの幅員がある。

本件道路は、市街地を形成している区域内にある道路であって、車両制限令五条一項に規定する道路に該当しないから、同条二項の規定により、道路の車道の幅員である三・三メートルから〇・五メートルを減じたものの二分の一である一・四メートルを超える車幅を有する車両は、車両制限令一二条に基づく道路管理者の認定を受けない限り通行が制限されることになる。

2  三井不動産株式会社及び三鋼都市開発株式会社は、東京都世田谷区α一九番所在の土地にマンションの建築を計画し、三井建設との間で同マンションについて建築請負契約を締結した。三井建設は、その建築工事において本件道路を三井建設及び三井建設が発注した工事業者、運送業者の車両が通行するために、法四七条四項、車両制限令一二条に基づき、別紙二特殊車両認定受付簿記載のとおりの特殊な車両としての通行認定を申請(以下「本件申請」という。)した。

本件申請に係る車両は、いずれも一般的な制限値を定めた車両制限令三条一項ないし三項の規定による最高限度を超えてはいないが、車幅が一.四メートルを超える車両であるから、当該各車両が本件道路を適法に通行するためには、道路管理者による車両制限令一二条に基づく認定を受ける必要がある。

3  本件申請に対し、被告は、別紙二特殊車両認定受付簿記載のとおり、平成一一年四月一日から同年五月一四日にかけて、法九七条、四七条四項、車両制限令一二条に基づき、それぞれ、認定期間を認定の日から平成一二年三月三一日までの間とする、特殊な車両としての通行認定処分(以下「本件各処分」という。)をした。

三  争点及び争点に対する当事者の主張

本件の争点は、原告らに本件各処分の取消しを求める原告適格が認められるか否か(争点1)及び本件各処分の違法性の有無(争点2)であり、右各争点に対する当事者の主張は以下のとおりである。

1  争点1(原告らに本件各処分の取消しを求める原告適格が認められるか否か)について

(被告の主張)

(一) 行政事件訴訟法九条にいう当該処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであり、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消するにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、かかる利益も右にいう法律上保護された利益に当たり、当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は、当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものというべきであるが、当該行政法規が、不特定多数者の具体的利益をそれが帰属する個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むか否かは、当該行政法規の趣旨・目的、当該行政法規が当該処分を通して保護しようとしている利益の内容・性質等を考慮して判断すべきであるとされている。

(二) 本件各処分は、車両制限令の規定に基づいてなされた処分であるが、同令の規定には、地域を限るなどして特定個人の個別的利益を保護する趣旨であると解することのできる条項は存在せず、また、同令の根拠となる法四七条一項、四項にもあるいは法一条にも個々人の個別的利益を保護する趣旨であることをうかがわせる文言はない。

(三) すなわち、法上の道路による交通が安全かつ円滑に行われるべきは当然であるところ、法等においては、道路の構造につき法二九条で、「道路の構造は、当該道路の存する地域の地形、地質、気象その他の状況及び当該道路の交通状況を考慮し、通常の衝撃に対して安全なものであるとともに、安全かつ円滑な交通を確保することができるものでなければならない」と規定し、幅員、建築限界、線形、こう配、路面など、道路の構造の基準について政令(道路構造令)で具体的に定め、法四七条一項、四項で、道路の構造を保全し、又は交通の危険を防止するため、道路との関係において必要とされる車両の幅、重量、高さ、長さ、最小回転半径の最高限度等の制限は政令で定める旨規定し、政令(車両制限令)でそれらの具体的な基準を定めている。

その他、法四二条により道路管理者に対し、道路を常時良好な状態に保つように維持し、修繕し、もって一般交通に支障を及ぼさないように努めなければならないとの責務を課し、法四五条で、道路管理者に、道路の構造を保全し、又は交通の安全と円滑を図るため、必要な場所に道路標識又は区画線を設けなければならないとの責務を課し、また、道路の構造を保全し、又は交通の危険を防止するため、道路管理者に、区間を定めて、道路の通行を禁止し、又は制限する権限を付与するなどして、供用される道路による交通が安全、円滑に行われるために必要な規定を設けている。

このような各種の法令の規定が実施されて法による道路が供用されることにより、一般公衆は、安全かつ円滑な交通を行うことができるが、そのような利益は、道路管理者がこれを公共の用に供していることの反射的利益として自由に享有できるにすぎないものであって、右の利益を法律上保護された利益ということはできないというべきである。

前記のとおり、車両制限令の規定は、法及びその関係法令と同様、一般公衆が、安全、円滑に道路を利用できるために定められたものであって、本件各処分の根拠となった車両制限令一二条の規定も含め、車両制限令のすべての規定は、特定の者の利益を法律上保護する趣旨で制定されたものではない。

道路を安全、円滑に交通の用に使用する利益と必要は一般公衆に認められるものであって、特定の者に限って、法律上保護された利益としてこれが認められ、道路管理者はそれ以外の者に対しては、安全、円滑な利用を図る責務がないなどと解することができないことは当然であり、また、特定の者に対して、それ以外の一般公衆が享有する安全、円滑な通行と異なる内容の特別な利益が法律上保護されていると解することもできないのである。

(四) なお、本件各処分においては、車両制限令一二条の規定に従い、条件を付して認定をしているのであるが、右条件によれば、三井建設から提出された「認定車両運行計画書」を遵守することとされている。

そして、右計画書によれば、認定された車両の通行経路、時間は限定され、認定されたすべての車両のうち、一日に通行する最大車両数も限定されていて、最大でも一日当たり大型生コン車二五台、一〇トンダンプカー三〇台及び一〇トントラック三台程度ないし大型生コン車五〇台及び一〇トンダンプカー二〇台程度が期間を限定して通行するというものであり、車両の通行に際しては無線機等を常時携行した交通整理員を五名配備し、交通整理を行わせることとしている。

本件道路を通行する本件各処分によって認定された特殊車両は、本件各処分に付された右の条件の下において通行するものであるから、その通行によって、原告らを含め、本件道路を利用する者が、その生活に著しい支障が生ずることはないというべきであり、この観点からも原告らに原告適格が認められる余地はないというべきである。

(原告らの主張)

(一) 当事者適格とは、訴訟法上の概念で、自己が管理処分権を有しない事柄について裁判を求めるなど、判決を下しても紛争が解決できないような無駄な訴訟提起を排除するために設けられた訴訟要件である。その意味では、訴えの利益などと同様の目的を持つ。

その本質は、行政訴訟においても何ら異なるところはなく、行政訴訟における被告適格は、被告行政庁にその事柄についての処分権限があれば認められるし、原告適格も、①行政庁の処分により不利益を受け、②その処分が取り消されることにより利益を回復することができる地位がある者に対して認められるのであって、当事者適格論だけに必要以上に過大な機能を求めるべきではない。

(二) 法及び車両制限令の立法目的・趣旨と当事者適格

法と法により授権された政令である車両制限令は、「道路の構造を保全」し、「交通の危険を防止するため」、「道路との関係において必要とされる車両についての制限」を定める政令である(車両制限令一条)。

したがって、その立法趣旨は明らかであり、立法の目的は、道路の構造の保全と交通の危険の防止であり、その手段として、道路との関係において車両についての制限を加えるという方法をとるものである。

右の立法趣旨を前提とすれば、原告らについても、行政庁の処分により道路の保全が危殆に瀕したり、交通の危険が生じ、その処分が取り消されれば、道路の構造の保全と交通の危険の回避という保護法益が回復されるという関係があれば、当事者適格が認められなければならない。

(三) 被告の主張に対する反論

(1) 被告は、車両制限令には地域を限るなどして特定個人の個別的利益を保護する趣旨であると解される条項は存在せず、授権法規である法四七条一項、四項、一条にも、個々人の個別的利益を保護する趣旨であることをうかがわせる文言はないと主張する。

しかし、法そのものに、区間を定めて、特定される個々人に関する、道路の構造の保全や交通の危険防止のための措置を定めた規定があることは法四六条一項一つをとっても明らかである。

また、法四七条一項及び車両制限令は、特に区間を定めて基準を設ける規定の仕方をしていないが、車両制限令五条の例外規定である同令一二条は、明らかに道路の特定の区間を前提にして通行認定処分を行うものとしており、現に同条ただし書にも、「道路管理者が運転経路又は運転時間の指定など必要な条件を付したときは当該条件に従」わなければならない旨を規定している。

そして、本件各処分は、通行経路を一経路に絞って、その往復のみを認定の対象としているが、車幅が車両制限令五条に抵触するのは、車道幅が三・三メートルしかない本件道路に限られるのであって、もっぱら本件各処分により法益侵害を受けるのは本件道路沿線の住民である。

原告ら本件道路の沿線の住民は、毎日本件道路を使用しており、また、使用しなければ生活ができない。このような原告らにとって、本件道路が重量超過の車両によって破壊されたり、車幅超過の車両によって民家の間近を走行されると、交通の危険は全く防止できず、生命、身体に差し迫った危険が生ずることとなる。

このように、原告ら本件道路の沿線住民は、本件各処分により、個別具体的な利益の侵害を受けるのであって、その侵害される利益は、交通の安全一般に解消できない特別な利益というべきである。

(2) 行政事件訴訟法九条にいう当該処分の取消を求める「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利・法律上保護された利益(法益)を侵害される者をいうのであって、この点は被告の主張するとおりである。

問題は、法等が不特定多数者の具体的利益をそれが帰属する個々人の個別的利益として保護すべきものとする趣旨を含むか否かの判断について被告が主張する点である。被告は、法四七条一項、四項で道路の構造を保全し、交通の危険を防止するため、道路との関係で必要とされる、車両の幅、重量等の制限について具体的な基準を定めるために車両制限令が制定されていると述べながら、安全かつ円滑な交通を行うことができる利益は、道路管理者が道路を公共の用に供している反射的利益にすぎないと主張している。

しかし、原告らがその生命、身体の安全を侵害されない権利は、憲法一三条、三一条により、また、歩行者の安全通行権は、憲法二二条一項によりそれぞれ保障された憲法上の基本的人権であり、法や車両制限令の制定以前から原告らが有する権利・法的利益である。憲法一三条、三一条などは、この国民の生命、身体の安全を守るために国家に様々な作為義務や不作為義務を課しており、道路交通法や法はそれに基づき国民の右人権を具体化するために設けられた下位規範である。法の下位規範である車両制限令等は「道路の構造の保全」ばかりでなく、「交通の危険を防止」することを目的としているが、これは、交通の危険から、道路の沿線住民の生命、身体に生ずる抽象的危険を防止するのみならず、一歩進んで、同住民らの生命、身体に対する具体的危険をも防止することを目的としているものである。したがって、法及び車両制限令は、道路沿線の住民の生命、身体の安全や歩行者の交通安全権を個別的に保護しているものと解すべきであり、法及び車両制限令により道路沿線の住民の生命、身体の安全等が保護されることをもって単なる反射的利益というべきではない。

車両制限令が「交通の危険の防止」という一見「公益目的」を定めたようにみえる体裁をとっているからといって、その内実に「道路沿線の住民の生命、身体に対す危険の個別的・具体的な防止」という目的を含まないと解する理由はない。国民が国家成立前からアプリオリに有するもので、憲法でも保障された生命、身体の安全を侵害されない権利が、法や車両制限令が制定されるや単なる公益の中に吸収解消されてしまうことなどあり得ないというべきである。

さらに、被告は、車両制限令の規定には、特定個人の個別的利益を保護する趣旨であると解される条項は存在しないと主張するが、そもそも、法律は国家と国民の関係を規律する一般的法規であり、特定個人の個別的利益を保護するのは、きわめて例外的な臨時措置法や特別措置法などにすぎない。これらの例外的な法律は、成文法主義の制約から法律とされてはいるものの、その本質は立法府のなす処分行為である。したがって、法律は、本質的に、個々人を含む国民一般を名あて人とするものである。

(四) 被告が当事者適格論により、原告らの提起した本件訴訟を本案前で排斥しようとする背景には、民主的基盤の乏しい裁判所に、国民の代表で構成される国会の立法行為や住民の代表である区長等の行政行為の当否について正しい判断を期待することはむずかしいという、裁判所の非政治的性格からくる司法の謙抑性の考え方がある。

確かに、法律の解釈適用により紛争を裁定する国家機関である司法裁判所は、行政庁の裁量権行使の当否を判断するのにそぐわない非政治的な国家機関であり、一般論として、行政処分に対する司法審査の謙抑性が求められるのは、司法権の本質に由来するものである。

しかしながら、謙抑性の原則の下に止まるか、または、裁量権の範囲の逸脱や裁量権行使の著しい不当として司法が介入すべきかは、司法の非政治性や裁量権の範囲論として論じられるべきであって、当事者適格論の過大な解釈により、この訴訟要件に本来期待される以上の機能を果たさせるという形で論ずるべきではない。

当事者適格論は、既に述べたとおり、無駄な訴訟を排斥するという訴訟要件であり、それ以上でもそれ以下でもない。車両制限令一二条に基づく認定処分の違反をいう国民は、当該処分により同令五条等に定める基準を超えた車両幅の車両が道路に侵入することになり、逃げ場のないほどに道路を占有されて、自分自身の生命、身体に危険が発生すること、当該処分が取り消されることにより、その危険が回避できることを主張、立証すれば、当該処分の取消しを求める原告適格を認められるべきものである。本件の原告らは、いずれも右の要件を備えるものであり、本件各処分の取消しにより原告らの具体的利益が回復されることになるから、本件訴訟は本案前で排斥されるべき無駄な訴訟ではない。

2  争点2(本件各処分の違法性の有無)について

(原告らの主張)

以下に述べるように、本件各処分は、法、車両制限令に違反し違法である。

(一) 本件道路のうち、別紙三図面記載のK①地点からK③地点までの距離は約八〇メートルであり、その途中には、世田谷区東弦巻保育園が存在する。

また、同K②地点とK⑤地点との高低差は一〇メートルであり、最大傾斜角は四二度の急な坂道であり、同K⑤地点に立つと、K②地点に大型トラックやダンプカー等が進入しても、ほとんど見えない状況である。そして、本件道路の車道幅は四メートルを欠いており、最大でも三・五メートル、最小部分は三・二八メートルしかなく、平均では約三・三メートルである。

さらに、本件道路は通学路として建設され、その形態は、簡易アスファルト舗装であり、強度上二トン以上の車両の通行に耐えられない生活道路である。

(二) 本件各処分がされたことにより、本件道路には、ピーク時で、最大重量八〇トンの特殊車両、同一〇トンのダンプカー、コンクリートミキサー車及びその他の工事関係車両が二年一か月以上にわたって毎日一六〇台、二分に一台の割合で通過することになる。

右(一)で述べた本件道路の状況からすると、本件道路に進入できる車両の車幅は、車両制限令に基づき算出される一・四メートルまでとすべきであり、それ以上の車幅の車両の進入を認めると、本件道路の沿線に居住する住民の安全は確保できない。このように住民の生命、身体の安全を脅かすことになる本件各処分は、法及び車両制限令の趣旨に反し違法である。

(三) 車両制限令一二条で、同令五条から七条までに定める基準に適合しない車両の通行認定をするためには、「車両の構造又は車両に積載する貨物が特殊であるためやむを得ない」場合に限定されるところ、本件申請に係るトラック及びコンクリートミキサー車は、認定を要しない小規模な車両により代替させることも可能であるから、「車両の構造が特殊であるためやむを得ない場合」には該当せず、かつ、「車両に積載する貨物が特殊であるためやむを得ない場合」にも該当しない。

したがって、本件各処分のうち、トラック及びコンクリートミキサー車に係るものは、右の点においても違法である。

(被告の主張)

原告らは、特殊車両通行認定をするには、「車両の構造又は車両に積載する貨物が特殊であるためやむを得ない」場合に限定されるところ、本件申請に係るトラック及びコンクリートミキサー車は、認定を要しない小規模な車両により代替させることも可能であるから、「車両の構造が特殊であるためやむを得ない」場合に該当せず、かつ、「車両に積載する貨物が特殊であるためやむを得ない場合」にも該当しない旨主張する。

しかし、本件各処分の対象となった車両は、いずれも、世田谷区α一二一番地他におけるマンションの建設工事を行うために本件道路を通行させることを目的として申請がなされたものである。

右マンションの建築計画は、地下一階、地上五階建ての共同住宅三棟、総戸数二二五戸、延床面積二万六五九一・七六平方メートルを内容とする比較的大規模な建築計画であり、必然的にその建設工事も大規模なものとなる。それゆえ、当該建設工事に伴い必要となる大量の残土の排出、コンクリートを含む建設資材、建設機器の搬入をするための交通が大量に発生することとなる。

これを本件道路を通行するについて認定を必要としない規格の車両で運搬するとするのは、現実的ではないばかりでなく、発生する交通量の収拾をつけるのが困難な程度に達することは必定である。

車両制限令は、道路の構造を保全し又は交通の危険を防止するため、道路との関係において必要とされる車両についての制限に関する規定なのであるから、その条項の解釈もその趣旨及び目的に沿ってなされるべきは当然である。

右のとおり、運搬が必要な残土、資材が大量に発生するということは、量的な意味において、車両制限令一二条に規定する「車両に積載する貨物が特殊」である場合に該当するのであり、これを認定を要しない規格の大量の車両で運搬する場合と、本件各処分による条件の下、交通の安全を確保するための措置を講じたうえで、積載量の大きな車両により、より少ない車両数で運搬する場合を比較すれば、後者による方が、小規模車両による小口運搬を行うことによる交通量増加を防ぐことができ、建設工事の工期短縮により、工事車両が本件道路を通行する期間も短縮されるなど、交通の安全が確保されることとなることは明らかであるから、右の「やむを得ない」場合にも該当する。

第三当裁判所の判断

一  行政庁がした処分の取消しの訴えは、当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り提起することができるものであるが(行政事件訴訟法九条)、右の「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうものであり、当該処分の根拠となった行政法規が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、かかる利益も右にいう法律上保護された利益に当たり、当該処分によりこれを侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者は、当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものというべきである。そして、当該行政法規が、不特定多数者の具体的利益をそれが帰属する個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むか否かは、当該行政法規の趣旨・目的、当該行政法規が当該処分を通して保護しようとしている利益の内容・性質等を考慮して判断すべきである(最高裁平成元年(行ツ)第一三〇号同四年九月二二日第三小法廷判決・民集四六巻六号五七一頁、最高裁平成六年(行ツ)第一八九号同九年一月二八日第三小法廷判決・民集五一巻一号二五〇頁参照)。

二  そこで、右の見地に立って、本件各処分の取消しを求める本件訴えについて、原告らが原告適格を有するか否かについて検討する。

法は、道路網の整備を図るため、道路に関して、路線の指定及び認定、管理、構造、保全、費用の負担区分等に関する事項を定め、もって交通の発達に寄与し、公共の福祉を増進することを目的とし(一条)、道路の構造を保全し、又は交通の危険を防止するため、道路との関係においても必要とされる車両の幅、重量、高さ、長さ及び最小回転半径の最高限度は、政令で定めること(四七条一項)、車両でその幅、重量、高さ、長さ又は最小回転半径が前項の政令で定める最高限度を超えるものは道路を通行させてはならないこと(同条二項)、道路管理者は、道路の構造を保全し、又は交通の危険を防止するため必要があると認めるときは、トンネル、橋、高架の道路その他これらに類する構造の道路について、車両でその重量又は高さが構造計算その他の計算又は試験によって安全であると認められる限度を超えるものの通行を禁止し、又は制限することができること(同条三項)、一項ないし三項に規定するもののほか、道路の構造を保全し、又は交通の危険を防止するため、道路との関係において必要とされる車両についての制限に関する基準は、政令で定めること(同条四項)を規定している。

また、車両制限令は、一条において「道路の構造を保全し、又は交通の危険を防止するため、道路との関係において必要とされる車両についての制限は、道路法(以下「法」という。)に定めるもののほか、この政令の定めるところによる。」と規定し、車両制限令三条は、法四七条一項を受けて、車両の幅等の最高限度を規定し、さらに、車両制限令五条ないし九条は、法四七条四項を受けて、市街地区域内の道路における車両の幅の制限(五条)、市街地区域外の道路における車両の幅の制限(六条)、総重量、軸重及び輪荷重の制限(七条)、カタピラを有する自動車の制限(八条)及び路肩通行の制限(九条)を規定している。

そして、車両制限令一二条は、右の車両制限令五条から七条までに規定する基準に適合しない車両で、その基準に適合しないことが車両の構造又は車両に積載する貨物が特殊であるためやむを得ない場合に、道路管理者がその旨認定することができ、この認定がなされた場合には、当該認定に係る事項については、車両制限令五条から七条までに規定する基準に適合するものとみなされる旨を規定している。

右のとおり、法及び車両制限令は、道路の構造の保全及び交通の危険の防止という趣旨から、車両について種々の制限をしているのであるが、道路は広く一般の利用に供されているものであり、一般国民が道路を通行する利益は通常は当該道路の存在を前提として認められる反射的利益(道路管理者が当該道路を公共の用に供している限りにおいて自由に通行する利益)にとどまるものであること、安全かつ円滑に道路を利用する利益が、当該道路の利用頻度、目的、利用形態、居住地、年齢等によって左右されるべき性格のものではないことを考え併せれば、右制限を設ける趣旨は、交通の危険の防止等を通じて広く公益を実現することにあり、右制限を設ける場合に考慮されているのは、一般に道路を利用する国民ないし地域住民が共通して持つ抽象的、一般的な利益であるというべきであり、そして、法及び車両制限令は、個々の道路利用者の利益は、右車両についての種々の制限に関する規定が目指す公益の保護を通じてその結果として保護されるべきものとしているものと解される。

また、法四七条四項の規定に基づく車両制限令一二条所定の道路管理者の認定は、車両の通行の禁止又は制限を解除する性格を有する許可(法四七条一項から三項まで、四七条の二第一項)とは法的性格を異にし、基本的には裁量の余地のない確認的行為の性格を有するものであると解されるところ、右認定の手続においては、車両制限令五条から七条までに規定する車両についての制限に関する基準に適合しないことが、車両の構造又は車両に積載する貨物が特殊であるためやむを得ないものであるかどうかの判断がなされるにすぎず、当該道路の沿線ないし近隣の居住者等の利益を考慮することが当然に予定されているわけではなく、車両制限令一二条所定の道路管理者の認定手続からも、当該認定手続の対象となる道路の付近ないし沿道に居住するものの利益が法律上保護されていると解することはできない。

そうすると、ある道路の沿線に居住し、ふだんその道路を利用しているからといって、かかる者が当該道路を安全かつ円滑に利用する利益が、道路利用者として有する抽象的、一般的な利益以上に個別具体的な利益として法四七条、車両制限令一二条等により保護されていると解することはできない。

三1  原告らは、車両制限令一二条が道路の特定の区間を前提として通行認定処分を行うものとしていることなどから、当該道路の沿線の住民には一般的利益に解消できないような法律上保護された利益があると主張する。

確かに、車両制限令一二条は、道路管理者が同令五条から七条の基準に適合しないことが「車両の構造又は車両に積載する貨物が特殊であるためやむを得ないと認定」するについては、道路の一定区間を前提として判断することを予定しているものと解されるし、そのただし書は、道路管理者が右認定をするに当たっては、「運転経路又は運転時間の指定等道路の構造又は交通の安全を図るため必要な条件」を付することができるものとしている。

しかしながら、右規定が右認定について道路の一定区間を前提として判断することとしているのは、右認定が法四七条四項の車両についての制限に関する一般的基準の例外を認めるという性格に由来するものであって、右の点は、法四七条、車両制限令一二条は、道路の沿線に居住する住民が当該道路を安全かつ円滑に利用する利益を右住民個々人の個別的具体的な利益として保護する趣旨のものではないとする前記の解釈を左右するものではない。

また、車両制限令一二条の条件は、道路の構造の安全又は交通の安全を図るために付されるものであるところ、前述したとおり、道路は広く一般の利用に供されるものであるから、同条の条件も、広く一般公衆のために付されるものであり、同条が、道路管理者において同条に基づく認定を行う場合に条件を付することができると規定していることをもって、付近住民、道路沿線住民の個別的利益を保護する趣旨のものであると解することはできない。そして、たまたま同条に基づいて付された条件が地域住民ないし道路沿線住民のことを考慮していたとしても、そのことによって、右の者の当該道路を安全かっ円滑に利用する利益が法律上保護された利益になるものではないというべきである。

2  また、原告らは、生命、身体の安全を侵害されない権利はそもそも国民が国家成立前から生来的に有しているものであり、憲法上保障された権利であるとし、この考え方を前提として、法及び車両制限令は、原告らが道路を安全かつ円滑に利用する利益を、個別的な利益として保障している旨主張する。

しかしながら、国民の生命、身体の安全ということに関していえば、憲法が直接保障しているのは、国家によって故なく生命、身体ないしこれにかかわる自由を侵されないということにとどまるものであり、それ以上に憲法一三条等の規定が具体的に個々人に安全に道路を通行する権利等、何者からも生命、身体の安全を侵害されない権利を保障しているなどと解することはできない。また、憲法二二条は、移転の自由を保障するが、そこから、歩行者の安全通行権が具体的な権利として保障されていると解することは到底できず、原告らの右主張はいずれも失当である。

よって、原告らの右主張は採用することができない。

四  以上からすると、原告らには、本件各処分の取消しを求めるについて法律上の利益は存在しないから、原告らは本件訴えについて原告適格を有しないというべきである。

なお、原告らは、当事者適格論は、無駄な訴訟を排斥するという訴訟要件であり、この訴訟要件に本来期待される以上の機能を果たさせるという形で本件訴訟を本案前で排除すべきではないとしたうえ、本件の原告らは、本件各処分の取消しにより違法に生命、身体の安全を脅かされないという具体的利益が回復されることになるから、本件訴訟は本案前で排斥されるべき無駄な訴訟ではない旨主張するが、原告適格の有無については前記一に説示した解釈に基づく判断されるべきであり、原告の右主張は独自の見解であって、採用することができない。

第四結論

よって、本件訴えは不適法であるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六五条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 青柳馨 裁判官 谷口豊 裁判官 加藤聡)

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